私は、サッカーの神様は「いる」と思っています。
それは微笑んでくれるような神様ではなく、
むしろ、一番出てきてほしくないタイミングで、そっと覗いてくるような神様です。
「君は、あのとき手を抜いたよね」
「そこ、やるべきことを妥協したよね」
そんなふうに、静かに、でも確かに、突きつけてくる存在。
走り切らなかった一歩。
声を出さなかったワンプレー。
やろうと思えばできたけど、やらなかった準備。
誰かに責められなくても、自分がいちばん知っています。
小さな妥協は、必ず自分にバレるということに。
自信を持つというのは、
うまくいった経験があることではなくて、
やるべきことをやったと、自分が言えるかどうかなのかもしれません。
勝負に勝ったとき、「運が味方してくれた」と言う人もいます。
でも、私はそう思いたくありません。
勝てたのは、準備をしてきたから。
やるべきことをやり続けてきたから。
そうでないと頑張り続ける理由が見つかりません。
結果を、運や偶然のせいにしないために。
誰かに褒めてもらわなくても、自分の胸を張るために。
自分をごまかさないこと。
それが、自信になる。
それが、成長になる。
いつも見ているのは、自分自身と、
もう一人、サッカーの神様です。




